会津若松駅前の路地裏に灯す赤提灯
福島県会津若松市、400年続く古い城下町だ。東日本大震災の被害は軽微だった。そんな街の駅前の路地裏に、ぼんやりと灯る居酒屋の赤提灯がある。居酒屋「吉村」である。仕事が早く終わり、一杯飲みに行こうと繰り出したが、駅前のチェーン店には行く気がしない。思い切って、この店に入ってみた。
ガタつく引き戸を開けると、もう一枚奥に戸があった。戸を開けると、ムワッと人いきれと喧騒に襲われた。驚いた。店内は満員だった。
カウンターは、一升瓶が並び、中年オヤジの背中がズラっと並んでいる。よく見ると三分の一は女性だ。皆、わいわいがやがやと、幸せそうに飲み食いしている。
「スイマセン、いっぱいなンですヨ・・」
カウンターで額に汗している女将が声をかけてきた。
「いいよ、空くのを待っているから・・」
私は、通路に置いてある台に腰掛けた。よく見ると、それは古いミシン台だった。
頼んだ料理はミシン台の上にのせられていた。
「すいません、ここしかなくて・・」アルバイトの女子学生が熱燗のお銚子を置いた。
「え~ッと、ホタルイカ、それから・・、これ何?」
新聞の折り込みチラシの裏に書かれた、本日のメニューを見ながら、見慣れない料理に目がいった。“パン シラス”“パン 海老” と書かれている。こんな田舎の居酒屋で、パンか・・、と思いながら、2~3品頼んでみた。
「スイマセン、ゴメンなさい、いっぱいなンです・・」
次々訪れる客は、女将がカウンターの中から、申し訳なさそうに断っている。トイレに立ったついでに、奥の座敷ものぞいてみた。ほぼ満員。
席に帰ると、頼んだ料理がミシン台の上にのっている。“パン” メニューは、フランスパンのバゲットを輪切りにして、上にマヨネーズやホワイトソースで和えたシラスや海老が乗り、それをオーブンで軽く焼いたものだった。ピンチョス(スペイン風カナッペ)だ。また・・、驚いた。こんな寂れた田舎で、スペイン料理に出会えるとは思わなかった。
続いて「豚のカシラ 串焼き」。これも絶品!
「お姉さん、ハイボール!」
この串焼は、熱燗じゃなくハイボールが合う。
会津若松駅近く、赤提灯の灯る『よしむら』。
一息ついた10時過ぎ、空いてきたカウンター席に移った。
「マスター、この店凄いね!ピンチョスなんて、どこで覚えてきたのよ・・」
うつむき加減で仕事をしているマスターに、声をかけた。しばらく間があり、汗だくの顔がニコッと笑って応えた。
「お客さん東京ですか・・?俺もコンピューターの仕事で、昔、東京にいたのです。でも結局駄目で、会社潰しちまって・・、洋食のコックやっていたのですよ。10年前に、オヤジがやっていた焼鳥屋を継ぐため、この街に帰ってきたんです・・。よくある、ありふれた話ですヨ・・」
マスターは、思い出すように言うと、それっきり何も言わなかった。
勘定を済ませて外に出ると、北国の夜風が吹きすぎていった。しかし、酔ったせいか、身体も心も暖かい。振り返ると、閉店なのか、赤提灯がフッと消えた。その残影が、城下町の夜の闇に、静かに溶けていった。
文:高桑 隆
(有)日本フードサービスブレイン 代表取締役。飲食店経営指導専門、飲食店の売上向上対策、農家レストラン開業指導、具体的で効果的な指導を実施。この分野では、経験豊富なコンサルタント。