園児用送迎バスの安全性を考える
乗り物に乗せる子供の安全性を、世の中の大人たちは、とりわけ子供を養育すべき立場の親が、本当に真剣に考えているのだろうか?という悲惨な事件が今年夏に起こった。あの静岡県牧之原市での「園児送迎バス置き去り・死亡」だ。
この事件を受けて、突然、いきなりしっぽを踏まれて飛び上がる猫よろしく、大人たちはバスの車内に(高級な、そしてお金のかかる)安全装置や監視装置を付けようと言い出し、国の行政機関までもが“検討”に動き出した。緊急的に関係省庁がよってたかって、装置の義務化を“まじめに”検討するふりをする小田原評定を始めているようだ。
しかし、待ってほしい。果たしてあの事件は、子供をバスから降ろす「とき」の、つまり一時的な不注意が原因だったのだろうか?
この事件の真の原因は、子供を園に通わせる親の意識や教育行政を司る機関の、子供を真剣に守ろうという意識が本質的に欠如していることにある。彼らは本当に真剣に子供の安全を考えているのだろうか?
シートベルトの装着は“例外扱い” の通園バス
答えは「NO」。
問題はシートベルトだ。
なんと、信じられないことに、園児送迎バスの座席には、シートベルトが装備されていない。他の自動車には法律で装備が義務付けられているにもかかわらず、園児用の送迎バスはなぜか例外扱いになっている。
これこそ、彼らが子供の安全をないがしろにして何の痛痒も感じていないという、お粗末な社会的な風潮の証拠だと言える。個人が所有する乗用車には子供用や幼児用の安全装備=シートベルト、ベビーシート=の装着が義務付けられているにもかかわらず、かたや、園児バスにはシートベルト装備の法的な規制はない。したがって、自動車メーカーがつくる園児送迎用のマイクロバスにはシートベルトが、ない。幼児用の座席に対する法的な規制は、あると言えばある。しかしそれは、「座面の高さ」だけであって、シートベルトは完全に忘れられている。そこで、法的な規制のないのをいいことに、メーカーはシートベルトの装備を省略したままで、平然としている。
悪いのはメーカーだけではない。園の経営者や教育者もこれらのメーカーと同罪だ。彼らは、メーカーにシートベルトを装着したバスの製造を要求しようとはしない。そして何より罪深いのは、園児の保護者だろう。自分のクルマにはシートベルトがあり、乗車時にそれを使用するにもかかわらず(またそれが法律で義務付けられていることがわかっているのに)、我が子が送迎バスに乗るときは、どういうわけか、シートベルトがないことに何の疑問も持たず、ニコニコ顔で「いってらっしゃい」と送り出す。そしてその送迎バスの中で唯一シートベルトに守られているのは、大人の運転者“だけ”。そこにある光景は、大人は自分を守るけれども、乗せている子供は守らない、というブラックユーモアそのもの。このバスの様子を毎日目にしてもなお、バスに子供を乗せる親が怒らないのは、不思議きわまりない。
もっとも、園の経営者や親の立場からすれば「高速道路を走るわけでもない」とか「園までの距離が短いから」という言い訳も出来ないわけでもないが、住宅街などでの低速走行でも出会い頭の衝突事故で園児が頭や首などに強い衝撃を受ける危険性もある。
新たに監視装置の義務化でも園児の安全は守れない
こうして日常的に、子供の安全を考えないで送迎バスを動かしている環境があればこそ、不謹慎な表現で申し訳ないが、子供の置き去り事故が起こるもの当然ではないかと思えてくる。つまり誰も、子供の親さえも、我が子の安全を真剣に考えていないことにもなる。
「ああ、そうだった、うっかりしていた」ではすまない。最近は「親ガチャ」という流行の俗語も聞かれるようだが、子供は親をそしてまた、自分の育つ環境を選べない。それで子供の安全を大人が考える、というなら、送迎バスに乗る子供の安全を守ためには、新たな「専用の」安全・監視装置をつくる、という動きをする前に、まず、何よりも、一番に、シートベルトを付けることを最優先にするべきである。
そしてシートベルトには、次のような装備を追加することを提案したい。
1:シートベルト装着インジケーター(運転席にあるいはバスの前方、あるいは付添人が見やすい位置に、個々の子供のシートベルトのバックルが締められているか、外されているかその状態を表示する)
2:個々のシートに、路線バスでなじみの「次止まります」ボタン(子供は、万一、自分が置き去りにされたと思ったとき、あるいは理由は何であれ“怖い”と思ったり、不安を感じたときには、このボタンを押せばよい。そうすれば車外に大音量の警報音が鳴り響くようにする)
これらの装置は世の中に広く出回っている既存の製品であり、特別の開発や予算措置は必要なく、その分、税金も無駄遣いしなくてすむ。
こんな単純なことがわからないのかが理解できないが、シートベルトを付けない限り、新規に義務化する安全装置を装備したところで、子供を事故から守れないのは自明ではないか。繰り返すが、可愛い我が子を、シートベルトのない送迎バスに毎日平然と乗せている親の気持ちは理解不能であり、暗澹たる気持ちになる。
ふく☆ぺん
駿河堂MaG編集部 編集顧問