「もんじゃ焼き」を連想させるような独自の染色技法
――年輪を重ねるにつれて染色の中でも独自の技法を確立されましたね。
茂木 私が生み出したのは「溜描」という染色技法です。デッサンの専門学校を卒業して、社会に出て勉強になったのが糊を使った染め物技術でした。当時、すでに80歳を超えられた華道家の楠目ちづ先生が主催された「山野草の押し花の会」と呼ばれたハイソサエティーな集まりがあり、その会には皇后陛下も、時折お見えになっていました。日本の伝統的な染色法として「友禅」がありますが、その会につながりができて、そこでのお手伝をして、蝋結染めの手書きの技法などを熟練させてもらっているうちに、多彩な色を自由に用いて染める独自の染色技法を生み出すことができました。
――「溜描」と言われても、一般的にはなかなか想像がつきません。
茂木 アトリエで実際の作業工程をご覧になれば、わかりやすいと思いますが、たしかに言葉で説明をするのは難しいですね。つまり、蝋で線のように境をつくっていく。土手をつくり囲いを定めます。次に、多重染めといって染み込みたいものを何度も染み込ませて止めるわけです。
――やはり、それだけ聞いてもよくわかりませんが、”土手をつくる”ということでは、もんじゃ焼きをつくるようなイメージでしょうか。また、染め職人ならば、ある程度修業すれば描けるものですか。
茂木 そうそう、もんじゃ焼きと同じ理屈です。でも、もんじゃ焼きは固い鉄板の上でキャベツなどの具材で土手をつくり、小麦粉で溶いただし汁を流し込む。だし汁が多少はみ出しても、すぐにヘラで寄せれば問題ないでしょう。でも、染色の場合は柔らかい布の生地で、染み込みたいものをはみ出さないように止めなければならず、はみ出したりするような失敗は許されません。友禅彩のようなはっきりした輪郭線ではないので相当な熟練が要求されます。材料の使い方やきっちりと止めることはすべて感覚であって、これは教えようがないものです。
――そのオリジナルの染色技法を使って確立されたのが「蒼城染」と呼ばれるそうですが、染める絵柄もイヌやネコの動物からユニオンジャックの英国旗を織り込んだものまで実にユニークですね。
茂木 染め職人の中には、こんなものは着物の柄にふさわしくないので描けないとかうるさいことを言って、結構こだわる方もいると思いますが、私はどんな絵柄でもお断りをしたことはありません。たとえばネコでもネズミでも描いてほしいとお客さんがいえば、その場でお話ししながら、ラフなデッサンをして、こうしましょうかとか、これではどうしょうとか、次々ご提案をしていきます。私の頭にもどんどん図案が湧き出てきて、ネズミを立たす、ひっくりかえすとか・・・(笑い)。そこまでお話しすると、お客さんも「面白そうだね」と乗ってきます。
――なるほど、デッサンの基礎がしっかりと身についているからこそ、成せる業ですね。
茂木 それに私の場合は、自宅兼作業場の工房には蒸し窯があり、デッサン、デザインから染色、仮縫いまで他人の手を借りずに一人でこなしています。デッサンの段階で、自分の頭の中にこの図案は、着物の裾の部分が引き立つのか、それとも袖の部分にするほうがいい、とイメージを作り上げます。ですから、一般的に染色の仕事は分業によって仕上げるケースが多いようですが、それではやりにくい。染めた生地を乾かす場合でも、反物の絵柄を引き出す部分が決まっているため、長いままでなく途中で裁断しても大丈夫なので取り扱いが楽なのも自分一人で仕立てられる利点だと思っています。
日本古来の民族衣装の着物に危機感を抱く
――無礼を承知の上でお聞きしますが、デッサンから染色、仮縫いまでを「一気通貫」ですべての工程を一人で熟しているわけですから、稼ぎは”丸儲け”になりますよね。
茂木 いやいや、”丸儲け”なんて、とんでもないことです。今の時代、日本古来の民族衣装でありながら、確かに街で着物姿を目にしなくなりましたが、それには時代背景などのいろいろな事情があると思います。ただ、成人式の晴れ着や婚礼衣装の値段をみればよくわかりますが、一つの理由としては、着物の値段が高過ぎて庶民にはなかなか手が届かないことも考えられます。
――なるほど、小物まで自前で揃えるとかなりの値段になるので、最近はレンタルの貸衣装が圧倒的に多いようですね。
茂木 そうですね。でも、職人の立場からみれば、適正料金とは一体どうなっているの? と疑いたくもなるからです。多少愚痴っぽく言えば、仮にある呉服屋さんに私が染め上げた着物や帯を納めたとしましょう。当然、呉服屋さんからは作品に見合う工賃を支払ってもらいます。ところが、その着物が店頭に並ぶと結構な値段をつけて売っていることもあります。
――それだけ「蒼城染」のオリジナル作品には付加価値があるからでしょう。それにしても、呉服店も商売だから、ある程度の儲け分を上乗せするのはよくわかりますが、利潤を優先してばかりいては一般の消費者が着物の世界から益々縁遠くなりますね。
茂木 私自身の作品が高く評価されるのは作り手冥利に尽きますが、それよりも、日本の伝統文化の着物が大衆の日常から消えつつあることへの危機感を強く感じています。多くの人が大衆芸能として自由気ままに楽しめる音楽の世界のように、着物についても堅苦しい敷居を取り払い、日常の暮らしの中でも気軽に自由に楽しんでもらいたいと願っています。
――政府は成長戦略の一つとして最近よく「クールジャパン」と呼んで、日本の文化を広く海外に売り込むような戦略を打ち出しています。着物は日本人にしか通用しない「ガラパゴス」なのかと思っていましたが、ロックやユニオンジャックの国旗のような斬新な絵柄と融合したオリジナル作品であれば、国境を越えても多くのファンができる可能性もありそうですね。
茂木 写真集でも気付いていただいたと思いますが、日本語の解説文と併せて英訳文も掲載しており、外国人のみなさんにも関心を寄せてもらえると嬉しいし、微力ながらその一助になればと思っているところです。
――日本の着物文化を守りながら、広く海外に普及させるためにも引き続きユニークな「蒼城染」作品を期待しています。
インタビュー・文:福田 俊之
写真:前田 政昭