責任がとれない人に商いの資格なし
馬齢を重ねているせいか、時間が経つのが早く感じて、1年があっという間にすぎる。「平成」という元号が、まるごと1年続く最後の新しい年の2018年が始まったと思っていたら、もう暦の上では梅のつぼみもふくらみはじめる「立春」をすぎてしまった。
「新しい年が素晴らしい年となりますように、皆様のご健康とご多幸を心よりお祈り申し上げます」
元旦に届けられた年賀状には「本年もどうぞよろしく・・」とともに、このような年頭の挨拶も多くみられたが、「素晴らしい年」どころか、何事もなく1年を「平穏無事」に終わる方が少ない。
新年を迎えた1月には、着物販売レンタルの「はれのひ」が成人式を前に突然営業を停止し、経営責任者が“雲隠れ”して姿を見せなかったため、大勢の新成人が1月8日の成人式の当日に晴れ着を着られなかったという“振り袖被害事件”が起きて大騒ぎとなった。
しかも、身を隠していた社長がようやく公の場に姿を現したのは、横浜地裁から破産開始決定を受けた後で問題が発覚してから3週間近くもすぎてからだった。「一生に一度の成人の日を台無しにし、取り返しのつかないことをした」と、頭を下げて謝罪したが、記者会見の様子からも「時間がたってから謝罪をされても誠意は伝わらない」「言い訳にしか聞こえず納得いかない」などと、人生の晴れ舞台を傷つけられた被害者たちの心の傷は癒えたわけでもない。
被害に遭った人たちからは改めて悔しさや怒りの声が上がったのは当然であり、無責任極まる社長の杜撰すぎる企業が引き起こした裏切り行為は、これからの長い人生の中でもそう簡単に忘れることのできない嫌な思い出となるだろう。せめてもの救いは、お笑い芸人らの善意で、振り袖姿で成人式に参加できなかった被害者を応援するイベントが開かれ、笑顔を取り戻した人たちがいたことである。
後を絶たない無責任極まる経営者たち
「はれのひ」同様に杜撰な経営でツアー旅行を楽しみにしていた消費者を裏切ったことで思い浮かぶのは、昨年3月に経営破たんした格安ツアー会社の「てるみくらぶ」。破産申し立て代理人によると「はれのひ」の債権者は約1600人で、最終的な負債総額は10億円になるそうだが、「てるみくらぶ」の方はそんな規模ではなかった。消費者への被害額は99億円、現地ホテルへの未払い金などを含めると151億円に上る。被害に遭った利用者も10万人近くもいたというからケタ違いだ。しかも、旅行会社の経営が破たんした場合は、日本旅行業協会(JATA)が弁済業務保証金制度に基づき保証する救済策が適用されるが、その弁済限度額が1億2000万円のため、被害に遭った「てるみくらぶ」の利用者への返還額は代金のわずか1.2%というスズメの涙。多くの利用者が泣き寝入りをせざるを得なかった。
今から100年前、松下電器(現パナソニック)を創業した松下幸之助氏の経営語録に「責任がとれんお人に商いの資格はありまへん」という重い言葉がある。経営破たんした「はれのひ」や「てるみくらぶ」にしても、最初から消費者を騙そうとして会社を立ち上げたわけではないだろう。「はれのひ」の社長は、10年前の2008年に創業後、横浜をはじめ、八王子など6店舗まで拡大したが、コスト増で大幅な赤字に陥り「昨年4月ごろから経営悪化を意識した」と明かしていた。
「てるみくらぶ」もインターネットの発達によって消費者が個人で宿泊先や航空券の手配をする傾向が強くなったにもかかわらず、営業方針の転換が遅れたため、売上が減少し、新聞などの広告宣伝を行ったことで媒体コストがかさみ、資金繰りが悪化、破産に至った。
人生には欲望は切っても切れないもので、それが事業家であれば、事業を拡張したいという野望を抱くのはごく当たり前のこと。自分の欲望を満たすための努力を重ねた末に得られる喜びは尊いものである。だが、事業家にとって虚栄心は禁物であり、自分の利だけを考えて無茶苦茶な拡大路線を進めば、やがて経営が行き詰ることにもなる。そんな無謀な経営者の無残な結末を数多く取材してきた経験からもいえることである。
もちろん、手を加えず「守り」の姿勢を貫いてばかりでも先細りしてやがてつぶれる運命にもなる。信用は金で買うことはできないが、信用は金を得ることも可能である。経営とは「攻め」と「守り」を常に心に問いかけながら、会社がそして消費者が何を要求しているのか、それを正しく把握して一歩一歩進むことが何よりも大事なことである。
一方で、ネット情報が氾濫するなど、現在のような複雑で目まぐるしい社会環境では、我々のような消費者も「人を見たら泥棒と思え」のことわざのように、無責任で悪質な業者に騙されないためにも、一歩引き下がって注意深くよく周囲を見渡し、熟慮を重ねてから契約を結んだり、商品を購入するぐらいの慎重さこそが重要ではないだろうか。
ふく☆ぺん
駿河堂MaG編集部 編集顧問