鳴かぬ蛍が身を焦がす
蛍の季節がめぐって来た。
少年期を大戦の最中で過ごしたので、当時は、季節になっても蛍どころではなかった。蛍の楽しみを識ったのは、大人の世界に仲間入りをし、京都通いを始めた頃から。古都は大都市なのに、中心を河が貫いていることもあり、洛中洛外の随所で、蛍に馴染むことが出来た。
街で夕餉をとり、かつては常宿にしていたホテル・フジタ(現リッツ・カールトン)にもどると、河原に出る。鴨川に面した長いホテルの壁に沿って、静かな流れがあり、ここにも光が点滅した。タクシーで一走り、哲学の道へ。ここまで来ると、夜道は街燈も、人の出も少なく静けさが保たれていて有り難い。
若王子(*)さん辺りから蛍の光がちらほら。この道は、先人達が難しいことを、いろいろ思案したらしいが、春には桜、葉桜良し。夏の蛍と愛で、秋の紅葉又佳し。そして冬に格別な花の香りが。しかし、このお話は先の楽しみにして蛍にもどろう。(*熊野若王子神社。哲学の道の起点。)
古都の蛍の圧巻は、何といっても、貴船に通じる渓流沿いの山路。
もの思へば 沢の蛍も わが身より
あくがれ出づる 玉かとぞ見る
男に忘れられて侍りける頃、貴船にまゐいりてみたらし川に蛍の飛び侍りけるを見てよめる(後拾遺集)。
昔は、激しい感情の変化に、魂が身体から遊離し、さまよい出でると信じられた。貴船の宙に乱舞する蛍を視る和泉式部(注)の心情をしのぶ。
人は人を愛していると思い込み、実は自分だけしか愛していない場合が多い(瀬戸内寂聴名言集。かつては子宮作家ともよばれ、男と女の世界を描いては名人芸、個人的にはノーベル文学賞に御推挙申し上げたい)との見方もあろうが。実際に、貴船の闇に舞い狂う怪しい光の点滅に、式部の情念を共感した。
注)和泉式部=百人一首のブーム再来が語られる昨今だが,百首中恋のうたでは随一。都に花々しい恋愛スキャンダルを巻き起こした式部がのこした、
あらざらむ この世の外の思い出に 今一度の逢うこともがな
・・・死ぬ前にもう一度会いたいと願ったのは、最初の夫、橘道貞と考える。

1937年生まれ。慶大経済学部卒、総合商社、大手石油会社などを経てフリージャーナリストとして独立。国際政治・経済問題から芸術文化、和菓子の研究まで豊富な知識と深い見識で執筆活動を続けている。
ただ、ただ、良いですね!としか言いようがないです~。羨ましいの一言ぬ尽きる。
エネルギーの技術屋さんが古都をしのぶ。技術屋さんの鏡。
安らぎ・・・読んでいます