新型コロナウイルス拡大、
不安を試練として耐える
「始まったことは必ず終わる」
「この世で起きたことは、必ずこの世で解決する」
「朝の来ない夜はない」
「山より大きなイノシシは出ない」
等々、並べてみれば限がないが、これらは予期せぬ危機が訪れると、少しでも不安を和らげるためによく口にするありふれた言葉ばかりだ。過去に時は流れて、幕末・明治の幕臣で政治家としても名を馳せた勝海舟も「嬉しいことも辛いことも10年続く筈がない。この10年をどう耐えるかで価値が決まる」との名言を残している。
お世辞にも「先見の明」があるとは思えないが、中国・武漢市が震源地とされる新型コロナウイルスがまったく話題にもならない前に、疑惑の花吹雪が舞う中、毎年4月に開催する「桜を見る会」の中止をいち早く決めたこの国の総理が「1〜2週間が瀬戸際」と見極め、学校の一斉休校やスポーツ・文化イベントなどの自粛を要請してからまもなく1か月が過ぎようとしている。
その後も新型コロナによる肺炎患者は抑制されるどころか、世界各地で感染拡大が一向に止まらない。国内の感染状況については、厚生労働省がホームページで毎日更新しているが、たとえば、3月23日時点での国内感染者は1852人、都道府県別では北海道が162人でもっとも多く、東京、愛知、大阪、兵庫と続く。一方、山形、島根、鳥取、鹿児島など感染者ゼロも全国で6県ほどあり、大会が中止になった選抜高校野球ではないが、果たして“ベスト4”に残れる安全・安心な県はどこかなどと、不謹慎ながらもネット上ではそんな予想の書き込みもあるほどだ。
また、政府の新型コロナウイルス感染症対策専門家会議の公表内容を聞いていると、パンデミック(世界的な大流行)だの、クラスター(感染集団)だの、ロックダウン(封鎖措置)だの、さらにはオーバーシュート(爆発的な患者急増)などの日常あまり聞いたことがない英単語もひんぱんに飛び交うようになり、早くも年末恒例の「新語・流行語大賞」の有力候補にもなりそうだ。
まるでコントのネタになるようなセンバツまがいの予想や流行語大賞はともかく、専門家にいわせると、その感染力はインフルエンザと同じ程度で、高齢者や糖尿病や高血圧症などの持病がなければあまり恐れる必要はないらしいが、1年先ともそれ以上ともされるワクチン開発や有効な治療薬が実用化されるまでの間、世界はその過剰な脅威と不安にさらされ続けることになる。猛威を振るうちは冒頭に取り上げた言葉などは単なる気休めに過ぎないかもしれないが、それでも解決の出来ない、手に負えないものはないことをひたすら信じて、未知の恐怖が相手とはいえ、人間の世界で起きたことは必ず人間により解決出来ると思えば少しは気が楽になるものである。
「順境の美徳は節度、逆境の美徳は忍耐」
長い人生の間には必ず、一度や二度、場合によってはそれ以上の危機に遭遇するものである。思えば、終戦直後の昭和20年代生まれの私自身の経験から顧みると、今回の新型コロナでもマスク不足とともに深刻化した元祖トイレットペーパー買い占め騒動に象徴する第一次、第二次の石油危機をはじめ、バブル崩壊後に「失われた10年」と呼ばれ、大量の不良債権を抱えて銀行・証券が破綻した金融危機や世界中を震撼させた2008年秋のリーマン・ショック、そして3月11日で9年になる東日本大震災後の電力不足による節電・自粛ムードなど、日常生活や経済活動への打撃が大きい予期せぬ出来事は数えられないほどであった。
ルネサンス期の英国の哲学者で「知は力なり」を提唱したフランシス・ベーコンによれば「逆境時における美徳は、沈毅もって悶えざるにあり」、「順境の美徳は節度、逆境の美徳は忍耐」とも問いかけている。
誤解を恐れずに言えば、それでも危機に直面しながらこれまで路頭に迷わずにどうにか生き残れたのは、逆風が吹き荒れているときには、しばらくは、その風にじっと耐えることしかないようにも思える。不平や不満、嘆いたりしても、事態が急変するわけではないし、忍耐強く嵐の過ぎ去るのを待ち、あせって新たな行動を起こさないことが賢明ではないだろうか。つまり、ジタバタせずに手持ちの仕事などを精一杯片づけることに集中するうちにいつの間にか暴風雨は静まるものである。
一方、困難は一つのチャンスであり、人間の実力を発揮できる試練でもある。努力を重ねるうちには必ずより良い姿が見出せるといえる。この機会に自分自身の心の持ちかたを変えることにより事情を一変させることも可能だろう。
折しも、桜の開花前線が北上し、あちこちで花見のシーズンを迎えている。春分の日からの三連休も桜の名所として知られる上野公園などは大勢の花見客でにぎわったという。が、新型コロナの感染拡大防止のため飲食を伴う宴会は御法度。満開の桜の下をマスク姿でゆったりと散策するいつもとは違う光景も目立つ。「酒なくて何の己が桜かな」をモットーの私のような酒好きにとっては物足りない巣ごもりの日々が続くが、江戸時代の著名な儒学者が残した「出る月を待つべし、散る花を追うことなかれ(*)」の言葉を糧に、しばらくは3密(密閉、密集、密接)を避けながら手洗いを忘れずに、じっと耐えて明日への希望を見出すほかないようだ。
*「出る月を待つべし、散る花を追うことなかれ」 江戸中期の儒学者・中根東里(なかねとうり)の言葉。
ふく☆ぺん
駿河堂MaG編集部 編集顧問