暮れなずむ街、ざわめきの中に消えた女影
バスを降りる時、軽いめまいを覚えた。
体調不良かな?・・・と思ったが、いつものことだ。
“もう、齢か・・・”
バスのタラップをゆっくり降りて、振り返ると、街は夕暮れのざわめきに満ちていた。
“一杯呑んで帰ろう・・・”
線路わきを通り、踏切を過ぎて、左に曲がるといつもの立ち飲み屋、「晩杯屋町田店」である。
「晩杯屋」ほど、コスパの高い飲み屋を知らない。武蔵小山で起業し、以来10年で首都圏に40数店のチェーンを展開。
ところが最近、讃岐うどんの「丸亀製麺所」を展開している(株)トリドールが、この驚安の立ち飲みチェーンを買収のニュース。
うどんでべらぼうに儲かった金で、好き勝手やりやがる・・・。
でもまぁ、世の中そんなもんだろう~。
店に入ると、客が数人。まだ午後5時前だ・・・。6時をまわると、いつも満席。早めに注文して、さっと呑んで帰ろう。
そう思い、ハイボール、煮込み玉子、チーズフライ、マグロブツ、茄子の煮浸しを注文。
ハイボールお代わりして、勘定を聞いたら“¥1500円”。信じられない安さ・・・。どこぞのスーパーのコマーシャルじゃないが、“やっぱ、コスパ!”
店を出て、バス通りを横切ると、ビル壁に横断幕。「日本酒ラボ 水津酒店」・・・聞いたことないな~と、“寄り道”つもりで雑居ビルの二階へ足を踏み入れた。
横断幕には、好みの日本酒が呑み放題&無制限で、¥3,240円(税込み)とある。そして酒のつまみは、“持ち込み自由”。
ここは、居酒屋ではないのか・・・?であるなら・・・、つまみを持参しなければならない。もと来た階段を下りて、近くのコンビニへ。
出汁巻卵、枝豆、タコのマリネ。よし、これで旨い日本酒呑んでやろう。
店に入ると、会議室のようなテーブル。壁には日本酒クーラーが数台。その中に、全国各地の地酒が60種類、ビッシリ並んでいる。
“こりゃ凄い!ここ本物だワ”思わずニヤリ。水津店主にお勧めを聞きながら、愛知の酒だ、青森だ、岩手に新潟・・・。好きに飲んでいると、窓際に座っていたご婦人が、
「お酒のおつまみ、交換しません?」
と話しかけて来た。見れば、黒いフォーマル姿。
「知り合いの法事の帰りです。女が独り、お酒なんか飲んでいるのって、何か変に思われません・・・?」
何か訳ありなご様子・・・、思い出にひたっていたのか?
だがここは日本酒ラボ、野暮は聞かず飲もうじゃないか。おつまみ交換、大いに結構。
しかし、小さなグラスで10杯も飲めば、さすがに酔いがまわる。
ご婦人が挨拶をして、帰り支度を始めた。
とっさに、“カラオケでも・・・”と言い淀んで、諦めた。
町田は人が多い。夕暮れの雑踏の中、消えてゆく後姿を二階の窓から眺めながら、会津の銘酒「飛露喜」をグッと飲み干した。
文・高桑 隆
〉店舗情報
「晩杯屋 町田店」東京都町田市中町1丁目16-14 >>>[Link]
「日本酒ラボ&水津酒店」東京都町田市森野1₋34-13TM3ビル2F >>>[Link]

1950年、北海道生まれ。神奈川大学経済学部卒、大手外食産業勤務を経て、1999年、(有)日本フードサービスブレインを設立。飲食店経営指導専門、飲食店の売上向上対策、農家レストラン開業指導、具体的で効果的な指導を実施。服部栄養専門学校、桜美林大学にて教鞭も振う。この分野では、経験豊富なコンサルタント。