「踏み違い」の運転ミスは
高齢ドライバーばかりではない
高齢になると脳の前頭葉が収縮して、判断力が次第に低下し、もの忘れや感情の抑制が利かなくなってくるという。私自身も四捨五入をすれば70歳、正真正銘の高齢者である。だが、それにしても、最近の新聞や雑誌、テレビのワイドショーなどを見ていると、まるで“老人イジメ”のようなカンに触るニュースが多過ぎると感じるのは、これも年寄り特有の愚痴なのだろうか。
65歳以上の死亡事故件数が過去最高の怪
例えば、政府が6月21日の閣議で決定した2019年版「交通安全白書」も、そうである。白書によると、2018年の交通死亡事故は統計を取り始めた1948年以降で最も少ない3442件だったそうだが、このうち、65歳以上の高齢ドライバーが占める割合が55.7%で1700件を超え、過去最高を記録したという。さらに、75歳以上の高齢ドライバーが起こした死亡事故は460件、運転免許証を持つ10万人当たりでは8.2件、75歳未満の3.4件に比べて約2.4倍という。ちなみに、交通死亡事故とは、発生後24時間以内に不幸にも息を引き取られたケースで、意識不明で回復の見込みも少ない重篤の症状などはカウントされない。
原因別では、運転操作の誤りが全体の30%を占め、このうちブレーキとアクセルの踏み間違いに起因する死亡事故の割合は、75歳未満では全体の1.1%にとどまったのに対し、75歳以上では5.4%に上ったという。4月に東京・池袋で起きた84歳の高齢運転者の暴走による痛ましい重大事故では、横断歩道を渡っていた何も罪がない母親と子ども2人が亡くなり、多数が負傷するという大惨事となった。悲惨な交通事故は無くなって欲しいと願いつつも、おそらくその事故もブレーキとアクセルの踏み間違いによる判断力の低下によるものとみられるが、高齢ドライバー・イコール・運転操作ミス。すなわち重大事故は“暴走老人”が原因だと一方的に決めつけてしまうのはいかがなものか、と思いたくもなる。
交通事故死は「交通戦争」と呼ばれた1970年代は1万人を大きく上回っていたが、その当時は平均寿命がずっと短いばかりか、65歳以上でクルマを運転する人も限られていた。30年前の1990年当時でも70歳以上の運転免許保有者数は約109万人だったが、昨年は10倍の1130万人に増加している。もっとも、その中には「身分証明書」として保有するなど実際はバンドルを握らないペーパードライバーも多く含まれているとみられるが、いずれにせよ、自主返納がなされない限り、今後も高齢の免許保有者の数は増え続けることは間違いない。
80歳以上を上回る未熟な20歳未満の運転死亡事故
そんな時代を取り巻く環境条件も様変わりしている昔の統計と比べて「過去最高を記録」とメディアなどが大げさに報じたところで,説得力に欠けるのではないかとも思いたくなる。何故ならば、交通安全白書にも示されているように、10万人当たり換算の死亡事故を年代別に見ると、運転免許証取得直後と推測される20歳未満では11.4件と最も多く、80歳以上の11.1件を上回っている。また、初心者マークが消えた頃のドライバーも入るとみられる20~29歳でも4.0件で、最も少ない30~39歳の2.9件よりもはるかに多い。比較的運転操作が簡単なオートマチックの免許証で運転が未熟と思われる若年層の重大事故も相変わらず減らないことをこのデータでも裏付けており、その深刻さは高齢者ばかりではないことも読み取れる。
それなのに、である。最近の全国紙には「80歳以上26%が運転」という見出しもあった。内閣府が60歳以上を対象に実施した調査で、回答した80歳以上の4人に1人がマイカーなどを運転しているという結果が出たというのだ。なかには「年齢や身体的な支障の有無にかかわらず運転を続ける」という答えも1割以上あったそうだ。「だから、何ですか?」と言いたいところだが、おそらく、高齢者の踏み違い事故などのニュースばかりを集中してメディアが取り上げているのは、政府の高齢者も活躍する「人生100年時代」に向けた成長戦略に、自動ブレーキなどの支援装置や自動運転のための技術革新を生かした政策を盛り込むためと、若年層の事故に焦点が当たると「若者のクルマ離れ」に拍車をかけることにもなりかねないという、いわゆる忖度が働いているのではないかとも勘繰ることができる。
年齢に関係なく常に自覚と責任を持った安全運転を
白書では「高齢者の交通安全は、歩行者としても運転者としても重要な課題だ」と強調。「自動運転技術をはじめ、新たな技術を的確に交通安全に生かしていく必要がある」とも指摘しているが、政府は高齢ドライバー専用の新しい運転免許証をつくることも検討しているそうだ。また、政府がまとめた交通安全緊急対策では、高齢者が安全機能の付いたクルマのみ運転できる「限定免許」の導入ほか、保育園などの周辺で車の通行を規制する「キッズゾーンの創設」も検討するという。保育園周辺に「キッズゾーン」を創設するという対策も実にわかりやすくて結構なことだが、この安全対策を遂行することで、痛ましい交通事故が少しでも減ることになれば、願ったり叶ったりである。ただ、高齢者に限らず、ハンドルを握るドライバーの忘れかけていた運転マナーを改めて徹底させる啓もう活動を同時に進めることも必要だろう。
免許取得時の講習では「クルマは走る凶器」として、公園や学校付近では減速走行するとか、信号機のない横断歩道でも一時停止し、歩行者を優先することなどと教わったはずである。歩行者が手を上げても横断歩道を猛スピードで走り抜けていくようなマナー違反のドライバーが後を絶たない無謀な運転が続くようであれば、せっかくの緊急対策も机上の空論に終ってしまう。先進技術による安全機能などは、ある程度の事故の抑制効果は期待できるだろうが、それよりも何よりもハンドルを握るドライバー自身が、常に責任と自覚を持った安全運転を心掛けなければ、自動車メーカーなどが目標に掲げる「交通事故死ゼロ」の道のりは限りなく遠くなる。
ふく☆ぺん
駿河堂MaG編集部 編集顧問