愛しい面影が、コップ酒に浮んで消える、夕暮れ酒場
今年の秋、茨城県でセミナーが開かれる。私がコーディネータを務める、農村地域活性化のための“農家レストラン&Caféの開業セミナー”だ。
打合せが終わり、事務員に『つくば駅』まで送っていただいた。そこから40分で北千住。時間があるので、久々に北千住の飲み屋街で一杯飲もうと歩き出した。
北千住、通称“千住”は、昔からの宿場町。隅田川と荒川に挟まれた中ノ島のような地にある。江戸時代、二大河川を通じて北関東各地から、また日光街道を常磐・東北へと、物と人とが頻々に交差する中継点であった。
現在の北千住もまた、大勢の人々が去来する街。
JR常磐線、地下鉄千代田線、地下鉄日比谷線、東武スカイツリーライン(旧伊勢崎線)、つくばエクスプレスなど、鉄道各線が複雑に交差する、いわば“現代の中継点”の様相を呈する。
夕暮れの街に降り立てば、飲み屋街の真ん中に『千住の永見』の看板。正直に言えば、当店手前の串カツ『天七』も好きだ・・・・が、今日はここにしようと扉を押した。
『千住の永見』には旨いものが多い。だが特筆すべきは、コップ酒の安さだ。一杯¥240円。広島の「銘酒一代」という銘柄。
がしかし、酒が安いからと言って激安か・・・・?いやいやそんなことは無い。『千住の永見』は、アンポンタンな若者が飛びつくような、流行りの“激安居酒屋”ではない。
地元に根を張り、代々続く正統派。それが『千住の永見』。
煮込み豆腐¥470円、うの花¥370円をつまみに、酎ハイとコップ酒を交互に呑む。まだ夕暮れなのに、店内はすでに満席。居酒屋のざわついた空気のなかで、20数年前の出来事を思い出した。
当時私は、ある飲食チェーンの「店舗開発部」にいた。北千住の商店街に物件を発掘。物件契約から、開店の実務まで、すべてこなすのが「店舗開発部」の仕事だった。
スタッフ募集を見て、面接に訪れたのが民子さん。一目で“適任”と判断し、店長に抜擢。内装工事が終わり、10日間の教育訓練を経て「北千住店」は開店。開店は大成功だった。
ともに働いてくれた10数名のメンバーと、引き継ぎのお別れ会を『千住の永見』の宴会場で行った。
その夜、カラオケ二次会を終え、三次会のスナックで二人になった。
店を出て、暗い路地で唇を合わせた。・・・・それ以上はなし。
北千住駅の隣が、東武線「牛田駅」。実は東武「牛田駅」の改札を出て、15m歩くと「京成関谷駅」の改札口に出る。
“夜を徹して働いている、タクシー運転手の主人に申し訳ない・・・・”ぽつりとつぶやく彼女。手を離すと、振り向きながら改札口に消えていった。
忘れていた昔が蘇える。優しい笑顔が、コップ酒に浮かんで消えた。
“女将さん、酒お代わり!”
“嫌だ~お客さん、私ただの店員よ💕”
帰りは、千代田線「大手町駅」から、直通の小田急ロマンスカーに乗った。
酔いと疲れのせいか、いつの間にか眠ってしまった。
文・高桑 隆
〉店舗情報
「千住の永見」東京都足立区千住2-62 >>>[Link]
1950年、北海道生まれ。神奈川大学経済学部卒、大手外食産業勤務を経て、1999年、(有)日本フードサービスブレインを設立。飲食店経営指導専門、飲食店の売上向上対策、農家レストラン開業指導、具体的で効果的な指導を実施。服部栄養専門学校、桜美林大学にて教鞭も振う。この分野では、経験豊富なコンサルタント。