京の夏 菓子
「お客様 お届け物 ありました。」
フロントの中国美人から声が掛かった。手渡されたのは、名入りの縮緬の風呂敷包み。見馴れた水色の包装紙の小箱が現れた。中味は好物の「京五山」、数は少ない。滞在中の分だけである。こんなこまやかな心遣いがうれしかった。
朝食をすませ、今日の日和は、と空を仰いだ。快晴。古都は、このところ厳しい日照り続き。日盛りを迎えるこれからの数時間は誠に暑い。歳時記の同じ項に好きな俳人2人、句を残していた。
日盛りの 土に寂しや おのが影 日野草城
何事も なかりしごとき 日盛りなり 中村草田男
外出したら、休憩はコーヒーではなく、欠氷を口にしたいところだ。朝は近隣の和菓子屋さんを廻り、出来具合を探るのが楽しみであった。この季節は、彩り美しい菓子で店頭が華やぐ時。
夏の菓子の典型的な材料は葛に寒天。共に透明感があり、涼味を表現し易い。例えば、碧く染めた白餡を透明な葛で包めば、夏の雲をイメージできる。小豆の餡玉を、鮮やかな寒天(錦玉)で包み、岩打つ浪を表わすという風に。
和菓子の世界、楽しみはまことに奥が深い。モチーフには春夏秋冬の自然現象をはじめ、年中行事、故事、古歌などあらゆるものを選べる。素材の選択は限られるが、表現も具象あり、シンボライズ有り。こうした性格が、和菓子の伝統、芸術性、文化をかたち創って来た。
理屈はさておき、実は、今日とりあげる夏の菓子は、これら色彩やかな分野とは全く異なる地味で、そして熱い菓子達。懐中善哉、懐中しる粉と呼ばれる一群は、世間では冬のもののように思われがちだが、夏向きの食物。6月後半から9月初めまでの菓子。滋養強壮、暑中見舞の贈呈品として好適の品。
京都では、昔から暑い時期には、熱い食物をとって暑気払いをする習慣がある。おばんざいのぼたん鱧とか瓜の葛引きなど好例。
和菓子の世界でも、明治の中頃から懐中善哉や懐中しる粉が加わり、その役割を果たしている。下表で紹介する4店は、いずれも古都の老舗中の老舗。これら好みの店から銘品を集めた。いずれも、餡を乾燥させ、砂糖を加えたものを、もち米を用いた殻で包んだ。これを器に割り入れ、熱湯を注いで、熱つ、熱つを、さあ召し上がれ。
各店の懐中ものの銘称
◎亀末廣(かめすえひろ) ◎末富(すえとみ)
◎亀屋良永(かめやよしなが) ◎京華堂(きょうかどう)

1937年生まれ。慶大経済学部卒、総合商社、大手石油会社などを経てフリージャーナリストとして独立。国際政治・経済問題から芸術文化、和菓子の研究まで豊富な知識と深い見識で執筆活動を続けている。
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004:楽しみです。それにしても日本人でありながら和は難しい